ひきこもりとコロナ禍🍀

心に傷をもつ、優しいあなたへ。

 

こんにちは。今日は3月2日、ミニーちゃんの日。

私はディズニーキャラクターの中で、ミニーちゃんが一番好きです!

ミニーちゃんは、世界中で活躍するファッションデザイナーであることをご存知ですか?

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さて、私は2年前に雇われて働くことを辞め、それ以来ひきこもりです。総務省の言うところの、ひきこもり~準ひきこもりといったところでしょうか。

今日はそんな私のコロナ禍で感じることを書いてみたいと思います。

 

コロナ禍で感じる違和感

テレビニュースの街頭インタビューを見ていると、「コロナ禍でなかなか遊びに行けずに残念です。」「仕事が終わると飲み屋さんが閉まっていて、ストレスがたまります。」などということばがよく聞かれます。私の友人からも、「家にひとり暮らしをしていると、しんどい気持ちになるって聞くけど大丈夫?」という、メールが着たりもしました。

 

これらは、私にとっては❓が3つくらいつくくらい不思議なことばです。なぜって?それは、コロナでなるべく外出しないようにとお達しがあり、外出しなくていいお墨付きをもらったような気分なのです。なんせ、家から出ないことで社会貢献ですから。コロナ以前に、顔を隠すためにマスクをして批判を受けていた人が、今はそんなことを言われなくなるのと少し似ています。

 

例えば。春が近づいてくると、梅や桜が花を咲かせ嬉しくなる気持ちはあります。しかし、「花見に行かなければならない」なんていう気持ちがどこかにあったことに私は気づきました。多くの人は花見を楽しんでいるから、私も楽しまなきゃ。外に出なくちゃ、でもしんどいな。などという葛藤があったように思うのです。でも、今は家にいるだけで社会貢献。よしっ!

 

数年来続けていた習い事。人がたくさん集まる地域にあり、なんとなく通う気持ちが私はなくなっていきました。コロナが心配だからやめました。しかし、やめてから気付くのは、「実はこの習い事は私にはもう興味が薄らいでいたのではないか。」ということだったりする。

 

つまり、コロナという強力なフィルターが、自分軸を思い出させてくれたのです。本来の自分でいいじゃないか!

 

コロナ禍で充実したオンラインの可能性

ひきこもり生活は、人とのコミュニケーションをとることがあまりありません。人と関わることのストレスから解放され、人と関わること、ましてや相談に出掛けたりするのは軽やかではありません。このコロナ禍で拍車がかかったと思われます。

 

そんな中、世間はたくましいもので、今まで対面でしていたヨガや音楽ライブ、料理教室、セミナー、カウンセリングなど、オンラインで行うようになりました。リアルであった方が身につきやすいこともあるでしょう。しかし、家にいながらにして手に入ることが増え、ひきこもりにもHSPにも豊かな生活が提供されてきたなと、当事者である私は思うのです。

 

きっと、オンラインというフィルターがあったからこそ、私はカウンセリングの講座を受講しようと決められたのだし、昨日のオープンカウンセリングも受けられたのだと思います。

 

社会のマイノリティとして

上記のようなことをお話しすると、不思議に思われる方が大多数であることも理解することができます。全体の8割はそちら側だと私は思います。でも、なんとなくわかる、想像できると思うも含めると5割くらいいるのではないでしょうか。

 

15歳から64歳のひきこもり人口は100万人を迎える日本。全人口の1.5%に上る。そのうち、まったく家から出ないのは14万人強、約1割。この方々や家族のお気持ちを考えると辛いお気持ちも理解することができます。約9割のひきこもりがコンビニには行けたり、自分の趣味のために出掛けたりしている。専業主婦などにも、分かりにくいがひきこもりが存在します。

 

HSPという繊細な感覚を持ち合わせている人々がいます。脳の偏桃体が人よりも強く、いろんな刺激を大きく受けてします。光や音、におい、周りの人の気持ちなどなど。外出で刺激を受けると、どっと疲れがでてしまう。この感覚は、非HSPには理解できないでしょう。HSPには全体の約2割、少なくない数字です。なんとなくそんなときもある人を入れると5割に上ります。

 

マイノリティに偏見を持ち、色眼鏡で見る風潮が日本には強くあり、その理解が進まないところにマイノリティの生きづらさが増していると私は考えます。そんな中、オンラインで相談できたり、人とつながっていくのは一筋の光明と言えます。オンラインであっても、つながりを紡いで、心の土台を作っていくことは大きな可能性だと私は思います。

 

後記

ひきこもりやHSPについて触れてきました。その他にも、マイノリティや弱者と呼ばれる人たちへの理解不足でつらい思いをしている人はたくさんいます。発達障害、病気、LGBT、男女差別、ひとり親家庭…運動や勉強能力が高くない、音楽的能力が高くないなどなど、広げてみると様々な人たちがいます。すべての人たちを「そういうこともあるよね」と受け入れる懐のある社会になっていってほしいと願っています。

 

明日、あなたの見える景色が

美しいものでありますように🍀